| ジュニア賞(5名) |
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| ◆「きんのおさかな」 |
中村 ゆみこ様 |
私の心が癒されるとき。それは、金魚をぼーと、眺めている時。
春には春の花やかな風。夏には夏の匂い。
秋はしっとり木の葉が香り、冬は寒さの中の優しい風。
四季折々の、風を感じながら、透明の水をのぞきこむ。
そこにはかならず金魚がいる。
私がいくつになっても、かわらず。
綺麗な色を水中でひらりひらりとはためかせ、きゅうにぴくっとかいてんする。
水草にぴゅっとキスをして、水底へひゅるひゅると降りていく。
とんとんとん。私が鉢を三回たたくとあかいろをはためかせながら、浮上する。
ぱらぱらと落とされた色とりどりのえさ。あらそって、くちにふくむ。
まんまるのくちは、ひらいたり、とじたり。休むことをしらない。
なんの悩みもなさそうな、そんな無垢な瞳を見ると、私も頑張ろうと、そう思える。
きんのおさかな
今日も私に、元気をくれた |
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| ◆「私の善福寺川」 |
仁平井 麻衣様 |
母と肩を並べ土手を歩きながら散りしきる桜の花びらを両手にため 善福寺川に投げこむのは最高のよい気分でした。
お盆の季節も なぜか心安らいだ記憶があります。放水量を多くしたせいか ふだんより水かさが増した川に人が集まっていました。
精霊流しが始まると お坊さんの読経にのって、それぞれに浮かべた灯籠が流れ始めます。
「まいちゃん 手を合わせて」
おかっぱ頭の私を優しくなでながら そっと耳もとで ささやく母がいました。
秋になって台風がくると 川がはんらんし一面の水の中を母の背中にかくれるようにして歩き続けた私は心が弾んでいた覚えがあります。
川のまわりの木が色づいてきて 水中の水草までが紅葉していたことがありました。
葉を濡らす絹糸の雨が 優しい音をかなで川面に さざ波をたてていました。そんなとき
確かめるように母のあたたかい掌を重ね合わせて歩いていると心がほぐれました。大好きだった母が去って十年になります。十八才になった今も おちこんだりすると私は川に出かけます。変わらない水の流れが心や体を癒やしてくれるからです。母にも会えます。 |
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| ◆「あの宝物の時間をもう一度」 |
坂井 泰法様 |
働き者だった大じいちゃんが病気になって入院したのは、今から数年前。それ以来、ずっとねたきりになった。何とかして元気にしてあげたい・・・。ぼくは考え、ひらめいた。よし、物語を作って、大じいちゃんに読んで聞かせてあげよう。ぼくが小さかったころ、大じいちゃんがぼくにそうしてくれたように。
お見まいに行く時は大じいちゃんの大好物のバナナを持って行く。皮をむいてあげると、大じいちゃんはゆっくり食べた。ぼくはその間、ぼく作の物語を読む。大じいちゃんは、ほとんどしゃべる事ができなくなっていた。ただ、いつも静かにほほえんでいた。
ぼくは大じいちゃんとすごすその時間が大好きだった。一秒も残さずに宝箱にしまいこんでおきたかった。ぼくを見つめる大じいちゃん。その目がかわいくて、いとしくて、ぼくはいつも大じいちゃんをだきしめた。
去年の十二月。クリスマス前に、ぼくはとっておきのプレゼントを用意した。おり紙で作ったバナナが飛び出す絵本。そしてイヴ。その日、大じいちゃんは天国へ旅立った。
今年もやってくるクリスマス。サンタさん、もう一度だけ、ぼくと大じいちゃんに、二人ですごすあの宝物の時間をください。 |
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| ◆「賑やかな一人の時間」 |
鈴木 ほのか様 |
疲れた時、つらい時、一人になるとことで私は落ち着ける。誰もいない部屋、音も光も全てなくして、一人で何も考えないようにする。
するとなぜか、音が聞こえてくる、それは友達の、家族の、恋人の、とても幸せそうな笑い声。だんだんたくさんの人の顔が浮かんできて、白くなろうとしていた私の頭は、みんなでいっぱいになる。
なぜかなぁ、何も考えたくないと一人になったはずなのに・・・。私の心は賑やかで騒がしいくらいの空間をつくり、求めているみたい。
そうやって、友達の楽しそうな顔、家族との温かい時間、恋人との幸せに過ごしている時を思い返していく。
こんな風にしていると自然と落ち着いて、私の心は晴れてくる。つらい時にいつも私を穏やかにしてくれる周りの人たちこそ、私の心の癒し。きっと、この人たちのおかげだな。この癒しがあるからこそ、今までも、そしてこれからも、頑張ってゆこうと思えるんだ |
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| ◆「祖父の味」 |
中村 優介様 |
私はある物を食べるとふと懐しく、またほんの少し切なくなる。それは私の祖父の家で栽培されている茄子の味である。祖父の家と言ってもそこに祖父の姿はもう無い。祖父は去年の夏に亡くなってしまったからだ。今その家は叔父が住み、畑も仕切っている。それでも私にとっては祖父の家と言い続けているのだ。私は祖父の家に行くと、いつも祖父に連いて行った。私にとっては全てが思い出であり、多くの事を学ぶ場でもあった。
その中でも茄子を作る祖父の姿は大好きだった。私もわずかではあるが手伝いもした。その中でできた茄子は水々しく、一度食べたら忘れる事ができない味だった。私はその味はずっと食べ続ける事ができると思い込んでいた。しかし祖父は亡くなってしまった。
私にとっての心の癒し、それは祖父が亡くなる直前まで栽培し、もう二度と食べる事ができない茄子を食べた時であった。それは一生忘れない心の癒しだと思っている。 |