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この句碑は、以前海会寺跡の道路に面して建っていたが、今は本堂の前に移転している。角柱の碑で、高さ約七十八センチ、幅約三十センチ程で、右下に「露涯」と刻まれている。
この露涯については、全く不明でどこの人物か、目下のところ判らない。ただ著書に『笠の露』(弘化元年刊)があり、当時の松阪俳壇で活躍したものと思われる。
また碑陰にある「阪倉氏」については、なお判らず、従って建碑年代も不明。
ところで『松阪の文学資料選集』によると、『勢国見聞集、碑の部』に、同地海会寺跡に富島稜水の句碑もあると紹介されているが、現在見当らない。
稜水は、富島九郎兵衛といい、碑に
こころよりこやすタベの花すすき
と刻まれていた。また同寺には雲誉其雀居士ノ碑もあって
山寺は蠅追ふ罪もなかりけり
松山門専中建之
と刻まれていたが、これも不明となっている。そのほか、白雪塚ノ碑、石燈篭ノ碑もあったが見当らない。
なおこの海会寺では、古くから句会も催されたようで
露草や結界礎を残すのみ 森田 白露
月走る雲の表裏にかかわらず 石村朱門洞
などと詠まれた新しい記録もある。
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