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阿坂城跡(白米城跡)
標高300m余りの山頂に築かれた山城で、南北300m、東西150mの範囲に及ぶ。南北2つの郭からなり、北郭を椎ノ木城、南郭を白米城とも呼び、台状地を中心に堀切り、土塁等が配されている。 阿坂城は、文和元年(1352)の南北朝の争乱を伝える資料に初めて登場するが、もっともよく知られているのは応永22年(1415)に北畠満雅が足利幕府軍を迎え撃った戦いである。蘢城する満雅は、馬の背に白米を流して水があるように見せて、水断ち作戦に出た幕府軍を欺き撃退したと『南方紀伝』(江戸時代初めに成立)は伝える。その後、永禄12年(1569)、大河内城に拠る北畠具教を攻略するため、織田信長は大軍を発し、先ず北畠の重臣大宮氏の守る阿坂城を落し廃城に至らしめた。

高城跡
北東方向に突き出た標高70mの丘陵頂部に築かれた城で、東西140m、東北100mの規模をもつ。60m四方の主郭を中心に南東側に削平地、西側に切り込み平地、北東側に二重の堀切りを配する。主郭をめぐる土塁は西側が幅15mと広く、他は5mと狭いが、外側での高さは10mにも達する。主郭の東辺と西辺の中央は土塁が切れ枡形状の出入口を形づくっており、戦国期の城の特徴を備えている。 『南方紀伝』に記される阿坂城の「両出城」が本城と枳城と考えられるところから、阿坂城の国指定史跡化に伴って「附」として枳城跡とともに国史跡に指定されるに至った。

枳城跡
阿坂城から東南に1km隔たった標高180mの山頂に築かれた山城である。城跡は東西に長い、60×30m、高さ6m規模の台状地を中心に、東と西側に堀切りを備え、北と南側には幅5〜10mの平坦地が巡っているだけのものである。 なお、城跡の東側の地には現在も「城ノ下」という地名が残っている。


 

松阪市観光協会
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