三渡川右岸の海岸線から東へ500m、俗に天守山と呼ばれる1辺約20mのほぼ方形の台状地が、本丸天守台の跡と考えられている。永禄10年(1567)の頃、北畠具教はここ細首(松ヶ島の旧名)に築城するが、同12年、織田信長の来攻に際して自ら焼き廃城とする。天正8年(1580)、具教の養子に入った信長の次男北畠信雄は同地に築城、松ヶ島城と改名した。その後、同12年に蒲生氏郷が入城し南伊勢支配の拠点として栄えたが、松阪城の完成とともに廃城となった。今も周辺には丸ノ内・城ノ腰・殿町・本町等の地名が残る。
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