三井家発祥地

三井家発祥地

本町通りの白い壁に囲まれたこの地は、のちに越後屋、三越と発展をとげた三井創業の祖三井高利ゆかりの場所。ここには高利の産湯に使ったという伝承が残る井戸や発祥の地の記念碑が建っている。

※内部は公開されておりません。

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【三井高利】

松阪で両替商を営みながら、江戸店を持つための資金蓄積に励んでいた高利が、江戸本町1丁
目に間口九尺のささやかな「越後屋」を開店したのは、延宝元年(1673)高利52歳の時でし
た。それから10年後には駿河町に大店を構え、さらに4年後には、承認の最高の名誉である幕
府御用達に加えられるまでになりました。
高利の商法はまことに画期的なもので、当時一般の呉服屋がやっていたのは見世物商(あらか
じめ得意先を回って注文を聞き、後で品物を届ける方法)や屋敷売(商品を得意先に持参して
売る方法)に対し、店先売といって今日行われているような店頭販売を行い、掛売りが通例で
あった当時に「現金掛け値なし」の看板を掲げました。また、呉服は一反が売単位であったも
のを、客の求めにより、切り売りに応じ、仕立屋に持参して着物や羽織りを作らせた時代に、
急ぎの客には職人が手分けしてその場で仕立てて着せて帰すことまでしています。こうした独
創的な工夫の中には、店前に雨傘を備えておいて夕立などの時には客に自由に使わせ、たくま
ずして江戸中に「越後屋」と書かれた番傘が広がるといったユニークな移動広告も考えだしま
した。その時の模様は「江戸中を越後屋にして虹がふき」と江戸川柳にもうたわれています。
従来の慣習にとらわれないこうした高利の商法は江戸庶民の間で爆発的な人気を博し、その繁
栄ぶりは大変なもので、井原西鶴の「日本永代蔵」には、高利を評して「大商人の手本なるべ
し」と録されています。
「越後屋」はのちの「三越」となり、三井財閥となって日本経済の中で大きな位置を占めます
が、松阪市本町にある三井家発祥の地ではその歴史をしのばせています。

■住所:松阪市本町

■アクセス

公共交通機関でのアクセス:JR・近鉄「松阪駅」から徒歩で約15分

車でのアクセス:伊勢自動車道「松阪IC」から約10分